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郡上八幡城20160313 ②

空撮なのか・・・・写真があったので撮ってみました^^

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城としては、こじんまりした城・・・・入口方向を見下ろす。

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城下にある郡上の街

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今にも雨が落ちてきそうな・・・・^^

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一豊と・・・あっぱれな千代の像

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職人町、ミヤタ自転車の看板は昭和を思い出しますねぇ~
家の前には防火の為に築いた水路が今も流れる~

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ちょっと見ずらいけど、左の小山の上には郡上八幡城
街の中心を流れる清流・吉田川

夏の郡上踊りは有名らしい~~「見るおどり」 ではなく 「踊るおどり」~~
郡上八幡は7/中~9/下まで33夜に渡って踊られるそうで・・・・日本一のロングラン盆踊りらしい~
是非、一度踊ってみたいものである^^

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水の街らしい流れがあちこちに・・・・・8万個の玉石を敷き詰めた小径~

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町の商家や旧家には競い合うようにひな人形が飾られていた~。


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4月3日までおひなまつりと福よせ雛の期間中でした~

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昔は自分の家でも見たことがある、段数はこんなに多くはなかったが・・・・・大きな雛段がなつかしい・・・・・

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郡上八幡城 20160313 ①

今から450年(1559年)程前に東氏を滅ぼした遠藤盛数が築いた城。
現在の城は昭和8年 天守台跡に大垣城を参考に模擬城として建てられた日本最古の木造再建城とのこと。

(遠藤盛数とは大河に出てくる千代の父である)

千代は郡上で生まれたとあります。

城主が病死し、妻が信長の追ってを逃れて落ち延びていきました。

千代は山内一豊と出会い結婚 (竹中半兵衛が結び付けた人物とやら)
  
寧々や市ら戦国を生き抜く女性とかかわりながら山内家の危機を乗り越え関ケ原の合戦前夜に千代の機転により家康の信任を得て土佐20万石の国守へと駆け上がります。



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次号につづく・・・・

国宝 犬山城 20160306②

1階  納戸の間 中央部は4室に区画され、周囲は2間幅の武者走がめぐります。 

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畳敷きの上段の間 

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2階は武具の間・・・・

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3階は破風の間(入母屋屋根の中に位置します。

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南北には唐破風

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東西には入母屋破風

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4階 高欄の間

江戸初期にかけて城主はめまぐるしく入れ替わりました。
南北には出入り口があり、戦国時代には見張台及び司令塔だったとか・・・・

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中央遠望には尾張富士・・・天気がよければ右方には小牧城が見えます。

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ライン大橋の向こうに伊木山¥・・・・・左遠望には御在所岳が・・・・・?!?!

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中央右に岐阜城

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左奥には御嶽山が見えるそうですが、・・・・・

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地下(石垣の中)   野面積みの石垣 床を支える大梁

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以上で大垣城を後にします。



城下町を歩く・・・・

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国宝 犬山城 20160306①

犬山城は織田信長の叔父である織田信康が1537年に木之下城を移して築城したと伝えられています。
1584年小牧・長久手合戦の際には羽柴秀吉は大軍を率いてこの城に入り、小牧山に陣をしいた徳川家康と戦ったそうな・・・

1891年の濃尾震災、1959年の伊勢湾台風等で修復工事が行われていますが、天守の創建年代は1573年から1600年頃といくつかの説がありますが、現存する天守の中では最も古いと言われています。


対岸の木曽川のライン大橋から撮影した、犬山城

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残っている唯一の門

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門の内側

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築城の頃からの老木で、天守閣と同じくらいの高さがあり、落雷には城の身代わりになり、台風の時には風除けにもなったりして城を守る御神木としてあがめられてきましたが、1965年頃に枯れてしまったとの事・・・・・

樹齢 約650年 

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石垣は自然石を殆ど加工しないで積み上げた野面積みという工法です。

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枯れた老木と天守閣

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明治維新に犬山城は廃城となり、天守を除いて櫓や門の大部分は取り壊され公園となったようです。

次号は天守の中に入場します。

大垣城 20160228

関ケ原の戦いでは西軍・石田三成の本拠地にもなった城

昭和20年に戦火で焼失した後、昭和34年に再建された天守閣は、白漆喰の総塗籠め式の優美な城として名高い。

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関ケ原合戦を契機に江戸時代となり、大垣城は「戦いの城」から「行政の城」にと生まれ変わった。
初代戸田大垣藩の戸田氏鉄公騎馬像

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